東京高等裁判所 平成8年(ネ)1129号 判決 1996年10月02日
主文
一 甲事件につき、原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金一九〇万〇五〇〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎は、株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞朝刊A版に、別紙謝罪広告目録記載(一)の謝罪広告文を同(二)の掲載条件により一回掲載せよ。
3 控訴人(附帯被控訴人)の被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎に対するその余の請求を棄却する。
二 乙事件につき、控訴人の本件控訴を棄却する。
三 附帯控訴人(被控訴人乙山太郎)の本件附帯控訴を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎との間においては、これを六分し、その五を被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、控訴人と被控訴人丙川次郎との間においては、全部控訴人の負担とする。
五 この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。
理由
一 当裁判所は、控訴人の本訴請求(甲事件及び乙事件)につき、控訴人が被控訴人乙山に対して、著作者人格権侵害による慰藉料一五〇万円及び著作権侵害による財産的損害四〇万〇五〇〇円の各支払を求め、著作者人格権侵害の回復のため後記の謝罪広告の掲載を求める限度において理由があり、その余は理由がなく、附帯控訴人(被控訴人乙山)の反訴請求は理由がないものと判断する。
その理由は、次に述べるとおりに付加、訂正をするほかは、原判決の「第三 当裁判所の判断」と同じである(ただし、原判決一一七頁一行目の「七月月」を「七月」と改め、一四四頁二行目の「昭和六〇年」の前に、「昭和五九年一一月の資料等の調査並びに」を加える。)から、その記載を引用する。
1 著作者人格権侵害に基づく慰藉料について
原判決二四四頁三行目の「六〇万円」を「一九〇万〇五〇〇円」と、同六行目の「五〇万円」を「一五〇万円」と、各改める。
同二四八頁七行目冒頭から二四九頁四行目末尾までを、次のとおりに改める。
「したがって、控訴人の抗議等により、比較的早期に研修集録全部と研修集録別冊のほとんどが回収されたことや、被控訴人乙山が、本件紛争が盗作事件としてA県内の新聞やA県議会及びB市議会において取り上げられるといういわゆる社会的制裁を受けて、B市史の編纂委員を辞任するに至ったこと、後記3の謝罪広告を認容することなどの諸事情を考慮しても、被控訴人乙山が故意に控訴人の著作者人格権(氏名表示権・公表権・同一性保持権)のいずれをも侵害したことにより、控訴人が被った前記甚大な苦痛を慰藉するには、慰藉料一五〇万円をもって相当というべきである。」
2 著作権(複製権)侵害による財産的損害について
原判決二四九頁五行目の「一〇万円」を「四〇万〇五〇〇円」と改め、同六行目から二五一頁二行目末尾までを、次のとおりに改める。
「著作権の侵害とは、権原なき著作物の利用であり、著作者がした精神的創作行為の成果にいわば只乗りする行為の謂いにほかならない。すなわち、著作権侵害者は、著作者がその精神的創作に要した知的労力や費用等の負担なしに、その成果である著作物を利用するのであるから、その利用行為につき著作者が創作に要した右知的労力や費用等に見合う利益を不法に得たものといわなくてはならない。もっとも、無体物である著作物を対象とする著作権の侵害においては、有体動産の侵奪・毀損のような場合と異なり、著作者がした精神的創作行為の成果自体の喪失・減耗による著作物の交換価値の滅失・減少という積極的損害を考えることはできず、侵害行為により著作物の利用が妨げられたことによる消極的損害のみが損害として考えられるが、侵害者による違法な著作物の利用行為によって、著作者が本来目的とした当該著作物の利用が社会観念上実現できなくなり、これをそのまま他に利用することもできなくなったと認められるときには、当該著作物の創作に直接要した知的労力や費用等は著作権侵害行為と相当因果関係のある損害として、侵害者は、これを金銭に評価した額を著作権者に賠償する義務があるというべきである。そして、侵害者に故意又は重大な過失がある場合には、その賠償すべき金額が著作権の行使につき著作者が通常受けるべき金銭の額に相当する額にとどまるものでないことは、著作権法一一四条二項、三項の規定に照らして明らかである。
これを本件についてみると、前示認定の事実によれば、被控訴人乙山は、控訴人がもっぱらB市史に掲載の目的で単独で創作した学術論文であることが明らかな控訴人論文を故意に改変して被控訴人乙山名義論文中に利用し、著作者である控訴人の氏名を明示せずに複製し公表したものであり、このような態様のもとでの複製行為により、控訴人論文のB市史への掲載が社会観念上実現できなくなり、学術論文としてそのままの内容では他に利用できないことになったものと認められるから、被控訴人乙山は控訴人が控訴人論文の執筆に直接要した知的労力及び費用を金銭に評価した額を複製権侵害による損害として、これを控訴人に賠償すべき義務があるものといわなくてはならない。
前示認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、控訴人第一論文を基礎にして控訴人論文を執筆したものであるところ、この執筆のために一日一〇時間拘束されたとして、少なくとも一〇日間を要したことが認められる。これによれば、控訴人論文の創作のために控訴人が直接費やした知的労力を金銭に評価すれば、少なくとも控訴人主張のとおり、控訴人の当時の家庭教師としての時給と認められる三〇〇〇円を基礎にその三分の二として算出した二〇万円と認められ、文房具代二六〇円は執筆に必要な経費として妥当な額と認められる。原稿を被控訴人乙山に送付するために要した送料二回分二四〇円も控訴人論文を本来の目的であるB市史に掲載するために必要な費用であり執筆に付随した経費として計上して差し支えないものというべきである。
また、前示認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、控訴人の他の学術論文や控訴人論文執筆のための資料を収集するために、昭和五九年一一月二六日から二八日まで、昭和六〇年八月六日から一二日まで、同年九月二三、二四日、同年一〇月一八日から二〇日までの合計一五日間、それぞれA県B市等に滞在して調査を行い、この間の知的労力を右と同様に金銭に評価すれば三〇万円と認められ、その間の宿泊費(昭和五九年一一月分を除く。)、交通費(控訴人住所地からの分も含む。)、手土産及び資料購入費等の諸経費として少なくとも合計約二〇万円を支出していることが認められる。そして、これによる調査結果は、控訴人論文執筆のために不可欠なものである反面、控訴人が自認するとおり控訴人の他の学術論文の執筆のためにも役立つことを考慮すると、本件著作権侵害行為と相当因果関係のある損害としては、前記三〇万円と二〇万円の合計額の五分の二に当たる二〇万円と認めるのが相当である。
したがって、著作権(複製権)侵害による財産的損害は、合計四〇万〇五〇〇円と認められる。」
3 謝罪広告の請求について
同二五一頁三行目冒頭から同九行目末尾までを、次のとおりに改める。
「(二) 謝罪広告の請求について
著作者人格権を侵害された著作者は、「著作者であることを確保するため」、又は「著作者の名誉若しくは声望を回復するため」に、適当な措置を求めることが可能であり(著作権法一一五条)、その必要な範囲内において謝罪広告を求めることも許される(著作者の声望名誉を回復するための適当な措置につき、最高裁昭和五八年(オ)第五一六号昭和六一年五月三〇日第二小法廷判決・民集四〇巻四号七二五頁参照)。本件の場合、控訴人論文は、学術論文としてその先行性が重要視されるものであるところ、被控訴人乙山は、前示のとおり、故意に控訴人の著作者人格権(氏名表示権・公表権・同一性保持権)のいずれをも侵害したにもかかわらず、終始一貫して、控訴人は独自の著作者人格権及び著作権を有していないと主張し続けたものであり、また、本件紛争は盗作事件としてA県内の新聞やA県議会及びB市議会において取り上げられたが、これにより控訴人論文の著作者が控訴人であることが社会的に明らかになったものといえないことなど、本件における侵害の態様及びその後の経過に照らせば、控訴人論文の著作者が控訴人であることは一般社会通念上不明のままに推移したものであるというべきである。したがって、被控訴人乙山名義論文が掲載された研修集録の一二〇部がA県内の高校等に配付され、研修集録別刷の五〇部がA県外在住の日本地理学会会員等を含む被控訴人乙山の知人等に配付されただけであり、これらの印刷物は、比較的早期に被控訴人丙川所持の分を除いて研修集録が全部、研修集録別刷のほとんど(送付先で紛失した一部、控訴人所持の一部を除く。)が回収されたことを考慮しても、控訴人が控訴人論文の著作者であることを確保するための適当な措置として、被控訴人乙山が一般新聞に別紙謝罪広告目録記載(一)の謝罪広告文を同(二)の掲載条件により一回掲載することを認めるのが相当である。」
4 控訴人のその余の請求について
当審における、控訴人の詐欺的不法行為及び原審乙事件に関する主張は、原審における主張の範囲を実質的に出るものではなく、それらがいずれも採用できないことは、原判決の説示するところに照らして明らかといわなければならない。
二 以上のとおりであるから、控訴人の請求は、甲事件につき、控訴人が被控訴人乙山に対して、著作権侵害による財産的損害四〇万〇五〇〇円及び著作者人格権侵害による慰藉料一五〇万円並びにこれらに対する不法行為の後であることが明らかな平成三年一月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに著作者人格権侵害による別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、これと異なる原判決を主文第一項のとおり変更し、乙事件につき、請求は理由がないから控訴人の控訴を棄却し、被控訴人乙山の附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言につき、民事訴訟法九六条、九二条、八九条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水 節)